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考え方

「易しい」を「簡単」で教えるべき理由

全部教えればいい?

 日本語にはたくさんの同音異義語があります。例えば「易しい(easy)」と「優しい(kind)」は音は同じですが意味が異なります。そしてこの単語は日本語学習の初級レベルの教科書によく登場します。さて、この両者の意味「易しい」と「優しい」を1回のレッスンで学習者に一度に教えることは最適なのでしょうか?
 実際に私のレッスンでは「優しい(kind)」を優先的に教えています。そして「易しい(easy)」の代わりに「簡単(easy)」という単語を教えています。その理由は以下の通りです。

1.学習者の日本語学習目的によって教える単語数を調整しているから。(試験対策をはじめ進学、就職目的の人がいる一方で基本的な日常生活の会話を目的としている人など)

2.仕事などで多忙な学習者にとって複数の意味を一度に教えることは彼らに負担を与えるから。

3.教師自身の日常生活を考えると「易しい」は限定的に使っていて、普段は「簡単」を頻繁に使っているから。

 もちろん「易しい」と「優しい」の二つを同時に教えることもありますが、それは上の理由に挙げた内容に照らし合わせて各学習者の理解の速さや進度も含めて調整しています。プライベートレッスンではレッスン内容の自由さと教師の応用力を駆使して各学習者に合ったレッスンを作っていくので通り一辺倒のレッスンはしません。

教師の不安

 さて、唐突ですが日本語教師として次のような気持ちになったことはありませんか?

気持ち1
複数の意味を持つ単語の意味を1つしか教えなかったら、後で学習者に「先生が教えてくれなかった」と批判されないだろうか…

気持ち2

本当は違う意味もあるのに言わなかったら教師として失格なんじゃないか?

 これらの気持ちから「とりあえず全部説明しておけばいい」という判断をしたことがあります。ですが今思えばそれは教師の不安を取り除くだけの行為で、学習者側の気持ちや学習レベルを全く考えていなかったのです。
 まず「気持ち1」に関して、10年以上日本語を教えていますが直接学習者から批判されたことはありませんし(友達に愚痴っているかもしれませんが(笑))、それで関係がこじれるようなことは今まで1度もありません。教師の杞憂に過ぎないということです。もし、学習者から「他の意味もありますよね」と指摘されたら、素直に「そうです」と答えればいいだけのことです。どちらかというとそちらの方がいいです。彼らが教師に日本語に関して意見を言うことは彼らの自信につながりますし、「じゃ、何で教えてくれなかったの!」という感情にはなりません。そして何よりも教師が学習者の環境を考慮した上で自信を持って1つの意味しか教えなったという考えがありますので不安になる理由がありません。
 そして「気持ち2」ですが、これは気づいていないと起こらない不安です。教えた単語に複数の意味があると教師が気づかない限り、この不安は生まれません。なので勝手に1つの事柄に集中して不安に思っているだけです。もし、あとから他の意味もあると気づいてそれが大事なことであれば、その時に学習者に伝えればいいでしょう。もしくは学習者のレディネスを確認した上で小出しに(段階的に)伝えることもあります。

“get”と”take”

 学生時代、英単語を覚えるのに苦労していました。例えば、

1.I got this one. (これをもらった。)
2.I got it. (わかった。)
3.I got on a train. (電車に乗った。)

 ”get”に複数の意味があることは有名ですね。日本語以上に複数の意味を持っていて慣れるのに大変でした。さて、せっかく覚えた単語ですが、3番目の”I got on a train. (電車に乗った。)”を実際に日常生活で使ったことはありません。その代わりに”I took a train.”を使っています。なぜなら私の周りにいる英語話者(いろいろな国の人)はみんな後者を使っているからです。”get on a train”と”take a train”には微妙に違う意味がありますが、単純に交通機関として利用している場合の「電車に乗る」と言いたい時は”take a train”と表現して問題ないようです。そして”get on a tarin”はもっとその動作に集中しているような意味合いがあります。
 英語の豆知識になってしまいましたが、日常生活でみんなが使っている表現を使うことは自然なことです。そしてこの状況は日本語の「易しい(easy)」をせっかく覚えたのに、周りの日本語話者が「簡単」を使っているからそちらでいいと考えるのと同じです。もちろん話す内容や地域、年代、時の流れで言語は変化しますが、少なくとも日本語話者の教師が生きた日本語を採用し、自分の判断に自信を持って学習者に伝えることが一番大事なことだと思います。